まりんきょの博物館

博物館にはどんなものがあるのだろうか、なんとか学と名付けられた分野を寄せ集めます。

数学

最近、理系と文系という二分法をやめよう、という主張が出てきている。私も頭では賛同するが、腹では納得していない。というのも、理系と文系を分けているものがあるからだと信じている。その「あるもの」とは、実験である。実験がある学問は理系だし、実験がない学問は文系だ、と私は信じてきた。しかし、実験がない理系の学問分野があることに気が付いた。数学である。数学には、実験がない。

本当に数学には実験がないのか。これは2つの点で間違っている。第1の点は、学生のカリキュラムとして、大学の数学科の学生は、教養科目を取得するときに、他の理科系と同じように物理学実験とか化学実験をかなりの割合で履修するだろう。特に物理学実験は、微分方程式を数値的に解いてみて実測値と比較して検証する、ということを要求されるので、数学専攻の学生がおこなうべきだ。第2の点はより本質的で、数学という分野それ自体に実験数学という分野が勃興していることにある。数値や図形といった対象が、特定の変換によってどのような推移をするか、ということをコンピュータを援用することによって結果を出すこと、そしてその結果を検証することが実験数学としてのおもしろさを有している。ただし、この実験数学は大学初年級で行われるには至っていない。その代わり、数学では演習や演義という、実際に問題を解いてみてその解き方について指導を受けるという時間がある。これはこれで大変である。

天文学

前回、前々回といわゆる地学の分野を巡ってきた。天文学も高校の地学に入っているが、地面の学問でも、地球の学問でもない。

天文学というのは天の文学ではない、ということは知っている。ではどんなことを研究するのか、よくわからない。昔は星の軌道を予想するのが天文学、ということだったように覚えているが、最近はどうなのだろうか。

私は昔、小学校の理科の宿題で、日が沈んだ後に月が出ているのは西か東か、というのを間違えてしまったことがある。たぶん、方角の西と東を間違えたのだろう。それ以降、星や太陽や月を扱う天文学は敬して遠ざけている。

地質学

地質学とは何だろうか。私は想像力が貧弱だから地質とはすなわち土としか思わなかった。あまりにもおバカである。地には土だけでなく、岩も石も砂も鉱石もあるのだ。地面を構成するそんな土や岩や石や砂や鉱石が、力や熱を受けて場所を変え、性質を変えていく。そんなことに興味を持てるようになりたかった。

今はただ、海に行って褶曲した地形を見て感心しているだけである。

気象学

雨が降っている。毎日の会話で暑いだとか寒いだとか、ムシムシするとかカラカラだとかいうが、まじめに気象学を勉強したことはない。

 小学校のころ、学研の「科学と学習」を購読していた。2種類を購読していた年もあったが、科学だけだったときもあった。その、科学の付録で風速計と風向計 のセットがあった。風向計は風見鶏のようなものである。風速計は3個の半球が軸の周りについている構造で、軸の一部が太い三角錐になっていて脇の3面のう ち1面だけに金属シールが張られている。1分間に回転する金属シールが見える回数を図って風速の強さを確認するしくみだった。風が強い日の観測では金属 シールの個数を数えるのは大変だった。今思えば、平均風速 m/s と 1分間に回転した風速計の回転数の関係はわかっていたのだろうか。

中学校の頃だと思う。ラジオの気象情報を聞いて天気図を書いていたことがあった。おそらく、天気が好きだったわけでもなく、天気図が好きだったわけでもなく、あのたんたんとしたラジオの気象情報に惚れて、形にしたいと思っただけなのだろう。そのころ天気図書きを続けていれば、もっと気象に目覚めて自分の世界も豊かになっただろう。

高校に入ってからは、気象に興味が惹かれることはなかった。地理の時間にケッペンの気候区分というのを習ったが、それと理科の気象が結びつくことはなかった。

今は雲の形を眺めたり、長雨の間の近所の堀の水位を気にしたりすることしかなくなってしまった。これからは「やさしい気象学」という本を読んでみよう。